仕事

フィリピンにおける職場での上下関係の違和感から歴史を考える

フィリピンでナショナルスタッフと一緒に働いていると、日々様々な違いに気が付くことがあります。

私は大学を卒業後、コテコテの日本企業に籍を置き、東京で働いていましたからまさに日本企業のレガシーのような会社で働いた経験からすると、高度経済成長期の日本企業というものの断片は経験できたと思います。入社早々ゴルフセットを用意させられ、仕事もきついが土日は先輩とゴルフレッスン。技術というよりはマナーが中心だったと思います。ゴルフってマナーや決まりが多いんですねえ。あと、〇〇役員は〇〇をされると機嫌を損ねるから絶対するな!とか個人ごとの対策も・・・。もう覚えきれず、案の定いろんな方に怒られてきました。ははは…今となってはいい思い出です。もう絶対繰り返したくないですけど!

私は大学は文学部だったのですが、なぜか経理部に配属されたため、入社早々まずは簿記の資格を取得するため、最初に行った仕事(?)はTACの簿記講座への申込書の記入だったと記憶しています。簿記なんぞ何も知らずに入社した私に突き付けられたのは、合格しなかったら坊主にするということでした。今ではパワハラ扱いで訴えられるレベルかもしれませんが当時はそんなの普通でした。それでも私の頃は昔の本当の高度経済成長期とは違い、あくまで個人責任となっていました。昔は連帯責任と言って、同期連中が全員同時に合格しなければ、合格したとしても全員坊主にさせられたそうです。自分は合格しても、友人が不合格なら合格した自分も坊主というわけです。今考えれば無茶苦茶です。でもそれだからこそ一人の落ちこぼれも生ますまいとしてみんなで一生懸命勉強したことでしょう。その中から連帯感や一体感が生まれて、その後の仕事のパフォーマンスにも大きく貢献したことは言わずもがなです。

おっと、昔話が長くなりましたが、最近思うことがありました。

昔は上司や先輩に恥をかかせないように自分で何とかしなければならない。上司の手を煩わせるのは恥であると同時に、自分の力量のなさを示してしまうものである。ということで、とにかく「上司に迷惑をかけないように」という信念で現場で各従業員が孤軍奮闘していたような気がします。これにより、現場には素晴らしい知恵や経験値が貯まり、問題を一緒にクリアしていったことで現場の一体感や仲間意識が生まれていたと思います。これが日本を世界一に押し上げていき、ジャパンアズナンバーワンと言われ、世界が危機感を覚えるほどにまで成長した原動力だったと思います。(今はどうかは知りませんが・・・)

ただ、少なくとも感じることは、「人様には、特に目上の人や職位が上の人には、迷惑をかけてはならない」という発想は日本人のマインドのどこかには残っていると思います。これが良いとも悪いとも言いません。私はもっと人様に頼ったらいいのにとは思う方ですが、確かに人にお願いしたり、頼ったりするのは少し腰が引けます。

ところが、フィリピンの職場でナショナルスタッフ同士が話している内容を聞くと少し様子が違っていました。

上司が全部責任を持つべきだ。従業員は何かができなくても悪くない。上司はたくさん給料もらっているし、責任を取るのは当然だ。上司は従業員を助けるために存在するものであり、従業員を助けない上司は不要だ。

こんな論調です。

私はこれを評価したい訳ではありません。日本の方が優れているとか言うつもりもありません。ただ、日本の上司に対する姿勢と全く逆ではないでしょうか。

つまり、日本でいわゆる「上司」を行っていて、それなりにうまくマネジメントできていた人がいたとしましょう。その方がそのマネジメント手腕を買われて海外子会社のマネジメントを任されたとします。日本での実績はバッチリですから、本人も自信を持って赴任してくるでしょう。そして、自分の「型」となったマネジメントスタイルを海外でも適用するでしょう。適用するというとカッコいいですが、それが「自分スタイル」なので他のマネジメント手法は持ち合わせていないかもしれませんが。

そしてその赴任地がフィリピンだった場合、その日本で通用したマネジメントがフィリピンでは通用しない可能性があります。フィリピンでは私の経験則から言えば、指示しない上司は上司とみなされないということです。つまり、良くも悪くもフィリピンの従業員は受け身です。指示されたことを実行するのが従業員の役割という認識なのです。

ここは「実行する」というのがミソで、結果は関係ないんです。失敗しても責任は感じないでしょう。そんな自分にできもしない仕事を与えた上司が悪いんだくらいに思われるだけです。従って、失敗したとしても、自分は言われたことをやったのだから給料を上げてくれ、失敗したのは自分のせいではなく、その指示を与えた上司の責任だ、と言われます。

また、このようなことをその場で言ってくれればまだ上司からすれば色々話ができて、軌道修正がかけられるかもしれませんが、フィリピン人は日本人に似ているのかお人よしというか嫌われるのを極点に嫌がるというか人と争うことをとても嫌うのです。だから、上述の文句や意見は従業員の間でしか共有されず、決して上司の耳に入ることはありません。

ではいつ上司が知るのか。それは人事評価の時です。今年の給料をどうしようか、そのような時、各従業員の実績を確認することでしょう。そう、「実績」を確認するのであって、「結果」を見るわけです。要は「できたのか、できなかったのか」ということです。で、できていないなら評価は低いです(プロセスを評価するかどうかは会社次第ですが)。

そこで問題発生します。従業員=言われたことはやった。だから評価が高くて当然だ。だって頑張ったもん!上司=言われたことをやるのは当然だろう。ちゃんと結果を出してこその高評価だ。まあこんな感じで意見の隔たりは埋まらず、上司からすれば泣く泣く給料を上げるか、心を鬼にして給料を上げなかった結果、その従業員が労働省に駆け込み、裁判沙汰になってもっと複雑でお金がかかるプロセスに入るか・・・。どっちにしてもつらいですね・・・。

でもこういうことはフィリピンではよく起きることです。だから、日本で管理職が務まった方であっても、それが日本人を対象にしたものであったならば、再度海外赴任後に、その地に合ったマネジメントスタイルを築く必要があります。

郷に入っては郷に従え、ということで、常に従業員を観察し、国を観察し、文化を観察し、どのように会社を運営していけばいいのかは常に考えなければなりません。

あて、今回のテーマにあるように、これがどういう歴史背景から来るのか、ですね。やはり各国その国の歴史を背負って今日まで歩んできています。上司には従順なふりをして心の中では舌を出し、どこかの時点ではブチ切れる。でも普段は笑顔を振りまいて煙に巻く。「言われたこと」を「忠実に」実行する。給料以上に働くことは損であるという思考。

日本人の方には分かりづらいかもしれませんが、フィリピンでの過酷な歴史を考えれば、このようなマインドになることも頷けてきます。だって、長い間「いくら頑張っても報われない世界」、、、それがフィリピンでした(これって織田信長が生まれる前からですよ!)。いくら頑張っても報われないなら頑張れないんですよね、人間は。逆に頑張った方が損だとも考えかねない。頑張るやつはバカだ、とも。この人々の思考が受け継がれていき、国の形を作ります。

思考が変わらなければ国は変わらない。

国という人はいない。

人が国を作るのだ。

この言葉を胸に日々従業員を励まし、鼓舞し、国を支える国民になってほしいと日々闘っています。。。

ABOUT ME
ようちゃん
こんにちは! このブログの運営をしているようちゃんです。 新卒から10年ほど上場企業の正社員として経理部で働きました。その間に紆余曲折がありながらもUSCPA(米国公認会計士)のライセンスを取得。 その後、自分の人生設計を見直した結果、上場企業の正社員という安定した地位を捨てて、2015年に突然フィリピンに移住しました。そこで給料が日本にいた時の3分の1近くになって嫁に怒られ、嫁ブロックにあうものの何とか説得に成功し(?)、凌いでいる日々です。 初めての海外生活でてんやわんや。それでも何とか生きていけるようになりました。 USCPAとしてフィリピンのビジネスに関する本を執筆したり、フィリピンにて進出企業や既存企業向けにセミナーやウェビナーを開催させて頂く機会を得ることもできるようになりました。 USCPAを取得するまで私が本を執筆したり人様の前でセミナーをすることなど想像もしていませんでした。 人生は何が起きるか分かりません。ですから皆さんも明るい未来に向かって一緒に頑張りましょう! 海外でチャレンジすることを目指している人を応援します!