コ〇ナ禍一時帰国!(無理矢理)

フィリピンから日本帰国の旅【第2弾!】パート2

フィリピンから日本へ帰国する72時間前にPCR検査を実施している。
陰性が確認できれば日本への渡航が許可される。
そして羽田空港に到着してからも検査を行う。
ここで陰性が確認できれば自宅に帰ることができる。
ただし、14日間の隔離が必要だ。

フィリピンから日本帰国の旅【第2弾!】パート1

そんなこんなで現在は隔離生活中である。

【コロナ禍体験談】ようやくフィリピンから日本への一時帰国が実現![2021年7月15日]

前回のホテル隔離よりはかなり楽である。自宅なので必要なものは揃っているし、なによりご飯がおいしい。前回ホテルにいたときはずっとコンビニにお世話になっていたので、カップラーメンなどの食事が多かった。その結果2ヶ月で6キロも太ってしまった。
ホテルだと動くことも難しいのでずっと食べていた気がする。
その反省も踏まえて今回はかなり食事に気を付けることにした。

そして前回と違うのは、なんと自分で抗原検査を実施しなければならないことだ。
羽田空港で自主検査キットというものを渡された。
隔離生活が始まって、3日目、6日目、10日目にそれぞれ”自分で”綿棒を鼻の奥に突っ込んで、グリグリして、特殊な液体に溶かして、リトマス試験紙的なものに2滴たらしてその反応を確認するというものだ。

まず困ったのが日付のカウントの仕方。
3日というのはいつから3日目なのかちゃんと書いていない。
そこで結構ググった。
結論としては、入国した日はカウントに入れないらしい。
つまり、日曜日に入国したら、3日目というのは水曜日になる、ということだ。
ということで水曜日に自分で鼻に綿棒を突っ込んでグリグリするのだが、空港で登録したアプリにも「今日は抗原検査の日だから午前中に検査して結果を報告せよ!」とご丁寧に連絡がきた。
もらった説明書通りに作業を行い、リトマス試験紙の結果を写真に撮って検疫所に送るという手順だ。
こんな面倒なことをみんなやってるのかなと疑問に思いながら、真面目な日本人の一員として真面目にやっている。今回は罰則も厳しいし、会社にも迷惑をかけそうななのでまあおとなしく従うことにする。

これとは別に毎日アプリを通して自分の健康状態、家族の健康状態も報告しなければならない。そしてランダムに何度もかかってくるビデオ通話にも対応する。
そしてかなりの確率で運悪く会議中や電話中にかかってくる。
いつも思うのだが、時間を先に言っといてくれよ・・・と。まあそれじゃあ趣旨から外れるので意味ないが。トイレに行っている間にかかってくることもある。こちらから折り返しはできないのでなんともアンフェアな仕組みだ。

この記事を書いているのがようやく1週間経過したところ。
あと半分!そろそろジムで筋トレしないと筋肉が減ってしまいブヨブヨになってしまう・・・と焦りながらも我慢の時を過ごす。

頑張れ!

ABOUT ME
ようちゃん
こんにちは! 本ブログの運営をしているようちゃんです。 学生時代は部活(水泳部)とバイトに明け暮れ、勉強はほったらかし。大学4年生の時に就活しながら1年生と授業を受ける講義もあり、リクルートスーツを身にまとったおっさんは新入生に白い目で見られながらもなんとか卒業にこぎつけた。 英語が好きだったこともあり、将来はなんとなく海外で働いてみたいなあとぼんやり思っていました。 そこで、大手総合商社を中心に、海外駐在できたり、世界を飛び回れる仕事をやらせてもらえそうな会社を選んではひたすら受けまくりました。 運よく海外に拠点を広げ続けている上場企業の商社に入社できました。 入社前の先輩社員との懇談会で台湾やイギリスなどに駐在経験があった社員から海外駐在時の話を聞くことができ、自分も同じようなキャリアを描けるのかもと社会人人生を楽しみにしていました。 しかし、配属先は経理部に。経理なんてなにをする部署なのかもわかっていませんでした。一体いつになったら海外に行けるのか。そんな不安とともに社会人生がスタートしました。 結局新卒から10年ほど上場企業の正社員として経理部で働きました。その間に紆余曲折がありながらもUSCPA(米国公認会計士)のライセンスを取得。 当時の後輩がインドに赴任したことをきっかけにバックオフィス周りの指導やサポートを行っていました。その後輩は営業経験しかないのに、インド法人を丸ごと任されてしまい、営業以外の仕事をどうしたらいいのか困っていました。私は営業はできませんが、経理を中心とした事務系の仕事はある程度アドバイスできました。当時としては大したサポートにはなっていなかったとは思いますが、それでもとても感謝されました。 そこで思いました。 海外に出ている日本人は同じように困っているに違いない。それなら今の会社だけでなく、たくさんの会社をサポートできるかもしれない。 このインドに放り込まれた後輩をサポートしたことがきっかけで、自分の人生設計を見直した結果、上場企業の正社員という安定した地位を捨て、2015年に突然フィリピンに移住し、海外コンサルタントとして働き始めました。給料が日本にいた時の3分の1近くになって嫁に怒られ、嫁ブロックにあいながらも何とか凌いでいます。 私の予想通り、海外に出た日本人の駐在員は困っていました。 そこで海外コンサルタントの出番です。 日本の常識は海外ではなかなか通じません。 とは言っても、日本のやり方でビジネスを進めていく必要がある場面もたくさんあります。 だからこそ海外コンサルタントは必要なのですが、少子化のせいなのか、若者の海外離れのせいなのか、海外コンサルタントは圧倒的に足りません。 あなたのサポートを待っている企業が必ずあるはずです。 本ブログを通じて、少しでも海外コンサルタントに興味を持ってもらい、海外コンサルタントの世界に参加してくれる仲間が増えてくれれば、駐在している国はもちろん、日本も元気を取り戻してくれることと確信しています。 ぜひ仲間になりましょう!