コ〇ナ禍一時帰国!(無理矢理)

フィリピンから日本帰国の旅【第2弾!】パート1

2021年12月12日日本へ帰国!

今回は羽田空港へ。

航空券が全然予約できなくて、ようやく予約できたと思ったら700ドルから一気に1,200ドルへ値上がり!

どれだけ飛行機がいっぱいなのかと思い、3時間前にニノイアキノ国際空港(NAIA)へ。

と思ったら、NAIA1(PRなのに。。。何度もうちの会社のスタッフを通じて確認した。PR=NAIA2という思い込みあるあるを乗り越えた!NAIA1で合っていた!)の入り口は相変わらずOFWの皆様の行列。不慣れな海外への旅立ち&書類の多さにみんなパニックの様子。

ドキドキしている感じがビンビンに伝わってくる。

さぞ空港のカウンターも並んでいるのかと思い身構えていたが、意外や意外、待ち人数7名くらい、荷物が多い&書類の確認事項が多いために並んでいる人数の割には時間はかかったが、10分くらいで終了。

カウンターの職員に「アプリのダウンロードは?」と聞かれたが、「なんだそりゃ?」と思いっきりスマイルとともに聞き返したら、カウンターのPRの職員が自分の代わりにアプリの登録など全部やってくれた。さすがフィリピン!スマイルはここでは最強の武器であることを改めて実感。

イミグレも人が全然いなく、ACRIカードの待ち人数はゼロ。こんなにスムーズだったことは過去なかったかも。荷物の検査も何事もなく、そのままいつものスタバへ直行。

が、ここで問題発生!

なんとお湯がないらしい!

スタバにお湯がない!?聞いたことない。。。ということで残念ながらスタバのホットコーヒー(自分はブルードコーヒー派)を飲みながらのネットサーフィンは残念ながらお預け。自分は朝にホットコーヒーを飲まないと一日が始まらず調子が出ないので隣のコーヒーショップでアメリカンを注文した。

小さいカップで140ペソ!なかなかの値段だが、パンデミックだし誰かの懐があったかくなるならといった若干ボランティア精神も織り交ぜながら自分を納得させた。セブンイレブンなら30ペソくらいの大きさ・・・。味もセブンの方がいいかも!?

搭乗時間は8:10だったので、いつも通り遅れると思いゆっくり行ったが、まさかのもうほぼ最後の乗客・・・。final callが響き渡っていた。

いつも搭乗口に一番近いトイレに行くが、そこのトイレを掃除中のおっさんから「水が出ないからな!」と言われ、用を足した後にどっからか持ってきた水が入ったひしゃくで手に水をかけてくれて、ニヤニヤして目がチップになっていることを横目で見ながらも足早に搭乗ゲートに向かった。

搭乗してみるとびっくり!

ガラガラだった・・・。航空券の予約が取りにくかったことと、急に値段が倍近く上がったのは何だったのか・・・。結局自分の横の列は自分一人しか乗客がいなかった。エアバスだったので航空機のサイズは小さいのでよっぽど人がいないんだろう・・・。

予定よりもかなり早く離陸し、シートベルトサインが消えると、数種類の書類が配られた。「Japanese?」と聞かれた。どうも日本人かそれ以外かで配る書類が違うらしい。

窓側の席だったので外がよく見えた。
非常に天気が良く、また乗客も少なかったので約1時間も早く羽田空港に到着!
以前は日本には冬があるということをすっかり忘れていたため、飛行機を降りた瞬間に着ていく服の間違えに気が付いたことの反省を生かし、今回はちゃんと上着を着て下りる準備をしていた。
フィリピンでは短パンTシャツサンダルがセットという方は多いと思うが、日本に帰国する際は季節を見極めた上で適切に身に付けるものを選択することを強くお勧めする。

乗客も少なかったのですぐに飛行機から降りられると思って降りる準備をしていたのだが全然降りられなかった。

まずは乗継便の人が優先。日本に上陸する人は最後だった。
そのうち空港職員らしき女性が2名搭乗してきた。機内で配られた書類の中身を飛行機の中で確認するシステムに変更されたようだ。ここで先に確認しておけば、後工程がスムーズになるということと、空港内が密にならないように人流を調整する役目の様子。

待つこと15分くらいだろうか。ようやく飛行機から降りられた。
そしてそのまま順路に従って歩いていく。
数々のブースを突破し、アプリのダウンロード、Eメールアドレスの受信確認などをこなした。

前回の成田空港に比べれば、非常に手際が良かった。ほぼストレスなし。待ち時間もわずかだった。そして何より日本人の職員の数が成田空港よりも多かった気がする。しかも大学生なのか若い方が多かった。こんな大変な仕事をよくやるなあと感心してしまった。
頑張れ!日本の若者!

空港内の検査も前回同様梅干しとレモンの写真を見ながら頑張って唾液を絞り出した。それまで水分摂取が認められていないから唾液が中々出ない。必死に梅干しとにらめっこしてなんとかクリア。ところで、レモンはともかく梅干しで唾液が出るのは日本人だけなのでは?とふと疑問に思ってしまった。隣ではボリビア人らしき女性が頑張っていたが、果たして梅干しに反応したのかやはりレモンだったのか気になるところではある。
検査の結果も10分もかからずに結果が出た。前回は結構待たされた気がするが今回は早かった。日本政府の経験値がアップしたのが伺える。

その後、預け荷物をピックアップ。が、近づいてきたダックスフントにクンクンされてしまった!
検疫係官に「なにか生もの持ってるでしょ!?」と詰め寄られてしまった。
会社に持って行っている普通のカバンなので、特段心当たりはない・・・。なんだろうと数秒考えたところ、一つだけ思い当たるものがあった!

それは飛行機内で配られたパンとマーガリン!

きっとこれの匂いを嗅ぎつけたんだろうと思って、それを検疫官に見せた。
「サンドイッチとか生ハムとか持ってないですか?」
と聞かれたが、さすがにそれは持っていなかった。検疫官はきっとそのパンに反応したんだろうということでおとがめなし。初めての経験だったのでちょっとドキドキした。
ダックスフントは優秀だった・・・。

そのまま税関を通りようやく外に出られた。
やはり人はまばら。いつもの羽田空港とはほど遠い雰囲気だった。
近くのベンチの座り、早速ハイヤー会社に電話。
ドライバーから折り返しさせますとのことで一旦電話を切った。
すぐにドライバーから電話がかかってきた。
もうハイヤー乗り場で待っているとのこと。
すぐにハイヤー乗り場に向かった。
ふと疑問に思ったが、ハイヤー会社に電話した際、「検査結果は陰性だったんですね?」と聞かれた。まあ陰性だったわけだが、もし陽性だったらどうなるのかなと思ってしまった。きっと政府に連行され、ハイヤーのキャンセル料金もかかるのだろう。
うかうか帰国もできない世の中になったんだなあと改めて実感した。
ハイヤー乗り場に行くにも大変だった。
なんとエスカレーターが動いていない。感染防止だとか。1台しかないエレベーターを数回待ってようやく乗れた。みんな大荷物なので基本的に1台に2人までしか乗れない。エレベーターに列ができていた。
エレベーターも潜り抜けてようやくハイヤー乗り場へ到着!
そこにはハイヤーが行列をなしていた。
どの車かは分からない。車の前で寒そうにしながらドライバーがみんな手を前に組んで直立不動にしている。さすが日本だ。フィリピンから到着したのでとても違和感があった。さすがオモテナシの国、日本。
で、肝心の自分のドライバーは分からない・・・。
当てずっぽうで話しかけたらビンゴだった!
ハイヤーは普通のセダンだったが、中が改造されていてすごい豪華!
大企業の役員になった気分だ。
と車の中を楽しむ時間もなく、朝が早かったせいかそのまま寝込んでしまった。
そして目を覚ましたらもう家の前だった。
渋滞もなく、天気もよかったのであっという間だった。
その場で料金を払い下車。
家の目の前まで送ってくれたので楽ちんだった。

さあこれから14日間の引きこもり生活に突入する。

前回はホテルでの隔離だったが、今回は自宅での隔離を選んだので前回よりはましな生活になるであろう。

その後の生活ぶりはまたレポートします。

ではお疲れ様でした!

【コロナ禍体験談】ようやくフィリピンから日本への一時帰国が実現![2021年7月15日]

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ようちゃん
こんにちは! 本ブログの運営をしているようちゃんです。 学生時代は部活(水泳部)とバイトに明け暮れ、勉強はほったらかし。大学4年生の時に就活しながら1年生と授業を受ける講義もあり、リクルートスーツを身にまとったおっさんは新入生に白い目で見られながらもなんとか卒業にこぎつけた。 英語が好きだったこともあり、将来はなんとなく海外で働いてみたいなあとぼんやり思っていました。 そこで、大手総合商社を中心に、海外駐在できたり、世界を飛び回れる仕事をやらせてもらえそうな会社を選んではひたすら受けまくりました。 運よく海外に拠点を広げ続けている上場企業の商社に入社できました。 入社前の先輩社員との懇談会で台湾やイギリスなどに駐在経験があった社員から海外駐在時の話を聞くことができ、自分も同じようなキャリアを描けるのかもと社会人人生を楽しみにしていました。 しかし、配属先は経理部に。経理なんてなにをする部署なのかもわかっていませんでした。一体いつになったら海外に行けるのか。そんな不安とともに社会人生がスタートしました。 結局新卒から10年ほど上場企業の正社員として経理部で働きました。その間に紆余曲折がありながらもUSCPA(米国公認会計士)のライセンスを取得。 当時の後輩がインドに赴任したことをきっかけにバックオフィス周りの指導やサポートを行っていました。その後輩は営業経験しかないのに、インド法人を丸ごと任されてしまい、営業以外の仕事をどうしたらいいのか困っていました。私は営業はできませんが、経理を中心とした事務系の仕事はある程度アドバイスできました。当時としては大したサポートにはなっていなかったとは思いますが、それでもとても感謝されました。 そこで思いました。 海外に出ている日本人は同じように困っているに違いない。それなら今の会社だけでなく、たくさんの会社をサポートできるかもしれない。 このインドに放り込まれた後輩をサポートしたことがきっかけで、自分の人生設計を見直した結果、上場企業の正社員という安定した地位を捨て、2015年に突然フィリピンに移住し、海外コンサルタントとして働き始めました。給料が日本にいた時の3分の1近くになって嫁に怒られ、嫁ブロックにあいながらも何とか凌いでいます。 私の予想通り、海外に出た日本人の駐在員は困っていました。 そこで海外コンサルタントの出番です。 日本の常識は海外ではなかなか通じません。 とは言っても、日本のやり方でビジネスを進めていく必要がある場面もたくさんあります。 だからこそ海外コンサルタントは必要なのですが、少子化のせいなのか、若者の海外離れのせいなのか、海外コンサルタントは圧倒的に足りません。 あなたのサポートを待っている企業が必ずあるはずです。 本ブログを通じて、少しでも海外コンサルタントに興味を持ってもらい、海外コンサルタントの世界に参加してくれる仲間が増えてくれれば、駐在している国はもちろん、日本も元気を取り戻してくれることと確信しています。 ぜひ仲間になりましょう!