日常生活で気になること

フィリピンについに地下鉄が導入される!?日本企業の腕の見せどころ!

今回はどうやら本気らしい。

その前に小ネタを。

フィリピンの渋滞は世界一ではないか?

フィリピンに来たことがある人なら分かると思う。

個人的には世界で後ろから数えた方が早そうな渋滞のひどさである。

自宅から会社までは歩いて7分くらいだが、荷物が多く、また、雨が降っていたので、運転手に頼んで自宅まで迎えに来てもらった。

車に乗り込んだのはよかったが、待てど暮らせど全く車が動かない。どうしたのかと思って外を見たら大渋滞である。まあいつものことだからと思い、一瞬で車内を仕事場にすることを決めてパソコンを開き、仕事を始めた。メールチェックを行い、それなりにメールも返信し終えた。おっと、ここは車内だったと我に返ったらもう30分も経っているではないか!

ちょっと待て。ここはいつも徒歩で通勤したら7分で到着する道だぞ。なぜ30分経っても会社に着かないんだ!?その後数分でようやく到着。

ということで、徒歩7分の道=車で30分以上!

というマニラはひどい渋滞シティなのです。

これがずっと渋滞なのかと言えばそうでもない。土曜日は平日の半分以下、日曜日は車が見当たりません。もう同じ町とは思えません。部屋から外を見れば平日なのか休日なのかが分かるくらい。

これはつまり、平日マニラにいる人はマニラには住んでいないということです。みんなマニラの外から仕事のためだけにマニラに通っているんです。こんな渋滞だから通勤時間を削るためにアパートを借りて、土日だけ自宅に帰る人もいます。

こうなってしまったのは、個人的には下記が原因かと思っています。

①そんな都会になると思っていなかったので、都市計画がテキトー(建物が先に立ってしまったので、建物の合間を縫って道路を作る羽目に。しかも地主圧力が強く効率のいい道路配置ができない)

②都市計画がテキトーなのに、車を買わせたい政府の施策(車をいっぱい作ったら税記入遇してやるとかやってる)

③車はみんなローンを組んで買うので、ローンを組ませたい銀行屋がガンガン融資する(月給4万円なのに200万円の車って・・・)

④給料が入ったらその日のうちに80%を消費してしまうフィリピン人の国民性。「借金?なんとかなるさー!」で高利ローンにダイブする勇敢さ

⑤公共交通機関が中途半端なので、車がないとマジで不便

⑥こんな感じで車の価値が下がらないので、いざとなれば車を売却して何とかなる環境

フィリピンの地下鉄!待ってました!

すみません、渋滞について語り出したら止まらないのでこの辺にしときます。

そう!今回はこの渋滞に終止符を打つべく、地下鉄を掘ります!

フィリピンには地下鉄を掘る技術はありませんので、誰かの応援が必要です。

そう、ここで我が日本国の登場です。

清水建設、フジタ、竹中土木が駅の設計施工、住友商事と総合車両製作所が車両の調達、トンネルの掘削はJIMテクノロジーの掘削機を使用。

こんな感じでまさにオールジャパンで、技術を結集させてフィリピンのために汗と涙を流す予定なのです。

総事業費は約7,650億円。日本政府もフェーズ1として1,045億円をお貸し、金融面からバックアップします。2022年までに一時開通、2025年全線完成を計画しています。

これにより5万人~6万人の雇用も生みだします。

まさにオールジャパンですね。官民一体となってフィリピンを盛り立てる、歴史に残る事業だと思います。

日本の鉄道技術は世界ナンバーワンだと思います。フィリピンにも電車はありますが、時刻表がありません。そう、時刻通りに運行できないから時刻表なんて意味がないからです。でも日本だったらどうですか?山手線なんて3分おき、いやもっと短い間隔でカチッと運行してますよね?しかも1分でも遅れたら「お急ぎのところ、電車が遅れまして大変申し訳ございません」とか言って謝ってる!私も日本に住んでいたことは1分でも遅れたら、「は!?何遅れてんだよ!?この1分が遅刻する原因なんだよ!何とかしろJR!」とか毎日ブチ切れてました。

ところが、フィリピンに来てからというもの、たまに日本に帰ると感動することが多いです。上述のアナウンスがあると、「いやいや、1分くらい遅れたって世の中変わらんからダイジョーブ!それより安全に頼んますー!」って逆に恐縮するようになりました。でも周りの乗客はめっちゃ舌打ちしてるー!おい、日本人よ、そんなに人生急いでどうする?もっと落ち着いて周りを見ていこーぜ!って声を掛けたくなります。

通勤時間徒歩7分が車に乗った途端30分になってしまうマニラです。地主の意向や都市計画のまずさもあって、もうこれ以上道路をいじることは不可能です。いじるなら地主から土地と建物を取り上げて、全部建物を取り壊して、京都みたいに碁盤の目に道を作って、そこから建物を建てて・・・ってやらない限りもう無理です。

とまあそんなことは現実味がないので政府も頭を抱えます。渋滞は困る、でも車は売りたい。困った・・・。

そう、ここまでくるとやはり地面の中を進むしかないのです。ですからこの事業はフィリピンの発展にとって大きな一歩になる可能性が高い。そこに日本の力が求められているというのは何とも誇らしいです。

日本なら意地でも完成させるでしょう。今まで青函トンネルしかり、多くの技術者の犠牲の上に文字通り血と涙を結集させ、長い年月をかけて一生懸命獲得してきた技術です。掘れない場所はない。この諦めない不屈の精神こそ日本のお家芸です。

こんな強靭な精神力を長年継続し、偉大なる技術を獲得してきた国はそうそうないと思います。

余談ですが、フィリピンの陸上の鉄道も日本が手掛けたものでした。

しかし、出来上がった途端、そのメンテナンス業務は外国(K国)に移されました。理由は簡単、安いから、です。色々な政治家絡みの利権もあったことでしょう。そこからというもの、鉄道はよく止まるようになり、車両はすぐ故障するようになりました。こんな感じで鉄道が全然使えないものになっていきました。

日本では車両故障なんてそんなやたらに起こるものではありませんね?しかも止まっちゃうなんて有り得ません。1分でも途中で停止しちゃったら「遅れて大変申し訳ございません!!」のアナウンスを流さないと暴動がおこるような国です。そう、時は金なり、の精神です。

そんな日本国民からの圧力に耐えて、耐えて、耐え抜いてきた鉄道関係者は相当な技術力と強靭な精神力を獲得してきたはずです。

フィリピン人からよく言われることがあります。

「日本は豊かだから電車とか走れるんだ」

いやいやいや、違います。そうじゃない。皆さんだったらもうお分かりですよね!?豊かだからとかそういう物質的な話じゃないんですよ!!周りから何度叩かれても起こり上がりこぶしのように何度も立ち上がり、その度に技術レベルを上げ、もう絶対失敗しないぞ!という誓いをみんなで立て、それでも失敗するからまた周りから怒られ、叩かれ、そこから何がいけなかったのか冷静に分析し、そしてさらに技術力を向上させていく・・・この循環によってのみ日本の技術力が高まっていったんです。全員がそれぞれ自分の頭で考え、知恵を出し、同じ目標に向かってやってきたんです。社長や部長だけが考えてやったわけではない。現場で手を動かしている一人一人も考えたに違いありません。日本にお金があったからではありません。むしろ日本にお金はなかった。でもこの循環を国民全員が繰り返したから結果的に豊かになったんです。そして、その根底にあったのは不屈の魂です。絶対にあきらめない心です。そう、スラムダンクの赤木みたいなもんです。絶対勝つ!絶対乗り越えてみせる!

技術は一朝一夕で獲得できるものではありません。あくまで失敗と挫折を繰り返した先にしか成功は有り得ません。しかし、今成功している人は成功したとは決して言わないでしょう。なぜならその成功はまだ通過点に過ぎないからです。通過点にすぎないなら当然自慢できませんし、自分はまだまだだって思いますね?これが日本人の考え方です。

こんな考え方をする国民は他にいないのではないでしょうか。他の国を馬鹿にするつもりは毛頭ありません。単純にこれが日本の特徴だということです。

また熱くなってしまいましたが、ぜひ今回の地下鉄掘削プロジェクト、オールジャパンで日本の技術を見せて頂きたいと思います。日本はまだまだ捨てたもんじゃありません。

ABOUT ME
ようちゃん
こんにちは! 本ブログの運営をしているようちゃんです。 学生時代は部活(水泳部)とバイトに明け暮れ、勉強はほったらかし。大学4年生の時に就活しながら1年生と授業を受ける講義もあり、リクルートスーツを身にまとったおっさんは新入生に白い目で見られながらもなんとか卒業にこぎつけた。 英語が好きだったこともあり、将来はなんとなく海外で働いてみたいなあとぼんやり思っていました。 そこで、大手総合商社を中心に、海外駐在できたり、世界を飛び回れる仕事をやらせてもらえそうな会社を選んではひたすら受けまくりました。 運よく海外に拠点を広げ続けている上場企業の商社に入社できました。 入社前の先輩社員との懇談会で台湾やイギリスなどに駐在経験があった社員から海外駐在時の話を聞くことができ、自分も同じようなキャリアを描けるのかもと社会人人生を楽しみにしていました。 しかし、配属先は経理部に。経理なんてなにをする部署なのかもわかっていませんでした。一体いつになったら海外に行けるのか。そんな不安とともに社会人生がスタートしました。 結局新卒から10年ほど上場企業の正社員として経理部で働きました。その間に紆余曲折がありながらもUSCPA(米国公認会計士)のライセンスを取得。 当時の後輩がインドに赴任したことをきっかけにバックオフィス周りの指導やサポートを行っていました。その後輩は営業経験しかないのに、インド法人を丸ごと任されてしまい、営業以外の仕事をどうしたらいいのか困っていました。私は営業はできませんが、経理を中心とした事務系の仕事はある程度アドバイスできました。当時としては大したサポートにはなっていなかったとは思いますが、それでもとても感謝されました。 そこで思いました。 海外に出ている日本人は同じように困っているに違いない。それなら今の会社だけでなく、たくさんの会社をサポートできるかもしれない。 このインドに放り込まれた後輩をサポートしたことがきっかけで、自分の人生設計を見直した結果、上場企業の正社員という安定した地位を捨て、2015年に突然フィリピンに移住し、海外コンサルタントとして働き始めました。給料が日本にいた時の3分の1近くになって嫁に怒られ、嫁ブロックにあいながらも何とか凌いでいます。 私の予想通り、海外に出た日本人の駐在員は困っていました。 そこで海外コンサルタントの出番です。 日本の常識は海外ではなかなか通じません。 とは言っても、日本のやり方でビジネスを進めていく必要がある場面もたくさんあります。 だからこそ海外コンサルタントは必要なのですが、少子化のせいなのか、若者の海外離れのせいなのか、海外コンサルタントは圧倒的に足りません。 あなたのサポートを待っている企業が必ずあるはずです。 本ブログを通じて、少しでも海外コンサルタントに興味を持ってもらい、海外コンサルタントの世界に参加してくれる仲間が増えてくれれば、駐在している国はもちろん、日本も元気を取り戻してくれることと確信しています。 ぜひ仲間になりましょう!