日常生活で気になること

フィリピンの高速道路のETC化はいつ可能になるのか?結局延期に。

世界は現金から電子マネーに段々移行しているように見える。

フィリピンではまだ現金が主流だが、高速道路くらいは早くETCを導入してほしいとはずっと思っていた。

と思ったら、今回のコロナ禍もあってか、フィリピン運輸省から突然発表があった!

「2020年11月2日までに有料道路は全部電子決済にしろ!」

こりゃすごい。なんというリーダーシップだ。

この発表が2020年8月の終わり頃。ということは、あと2ヶ月たらずで今現金払いが主流なフィリピンの高速道路で、現金を使わないようにするというのだからすごい。

さぞ以前から様々な調査を重ね、ついにいけるという見通しが立ったのだろうと思い、今まで計画的に水面下で進めていたのだなあと感心していた。

ところが、そんな中、ニュースが。

「大手運営2社のシステムに互換性がないことが分かり、電子化は期日までには達成不可能!」

これが発表されたのが、9月末頃。ということは、最初の発表からわずか1ヶ月程度だ。それで結局期日には間に合わないことが確実となり、2021年にズレ込むそうだが・・・。

正直これにはビックリしなかった。

やっぱりな・・・

そんな感想だ。

フィリピンは大体こんな感じだ。

どーんとみんなが喜ぶようなデカいことをとりあえず政府が言う。

フィリピン人は人を喜ばせるのが大好きだ。基本的には摩擦を好まない非常に優しい国民性だ。逆に人を悲しませることを極端に嫌う。だからできないことでも決してできないとは言わない。できる、がんばる、と言うだけだ。YESはYESであり、NOはYESなのである。フィリピンにはNO、できない、知らないという単語はない。それらは人をがっかりさせる、悲しませる言葉だからだ。これはビジネスでも同じである。ここがフィリピンでビジネスをする上で、フィリピン人と関わっていく上でとても難しいところだ。だから実は英語力は関係ない。YESとNOくらい日本人なら聞き取れるだろう。しかし、それを聞き取れてもビジネスはうまくいかない所以はここにあると思っている。

個人的にはフィリピンの複雑な歴史からこのような慣習が生じていると思っている。まあ元々東南アジアの国民性も相まっているかもしれない。その話はまた別で書きたいと思う。

このフィリピン人の性格からするに、この発言はみんなを喜ばせるためであって、実現が確実にできると言うことではない。「こうなったらいいなあ」くらいの感覚での発言である。

そしてフィリピン人はそれを分かっている。

だから電子化ができるのか、11月2日までにできるのかなんて考えていない。日本じゃ根回しとか計画とか色々詰めてこれならいける、できるとなってから政府が発表するだろう。

というのも、日本では期日は絶対である。納期は死守するべきものである。最初からできないならその期日をうんと後ろにしておくか、無理ならやめる。そのくらい期日という概念は大事であり、絶対に死守するべきものという感覚がある。

しかし、フィリピンでは違う。

期日は目標であり、約束事ではない。だから、期日を守れなくても何とも言われないし、破られた方も何とも思わない。

だって、目標、願望だったのだから。

従って、今回の発表をもっても、別に何も起きていない。

フィリピンではこのようにばーんと大々的に大きなことが発表され、その発表にみんなが驚き、色々なそれを達成できない無理な理由があとから浮かび上がり、その利害関係を調整するのが面倒になって、結果的に大幅に遅延するか、そのまま計画が棚上げされるか、当初の目標より大きく縮小したこじんまりとしたものに落ち着くといった感じで終息していく。政府も国民を暗黙の了解になっている気がする。

日本で同じようなことが起きたら大問題である。

どういう算段でその期日になったのかとか、誰が決めたのか、とか色々突っ込まれるし、国民が黙っていないだろう。結果的に政権が倒されてしまうことだってある。

フィリピンでは国民自体が政府の言うことは話半分で聞いている感が強く、「まあ、どーせまたできないっしょ」みたいな感覚なので、「あー、やっぱりね」くらいにしか思われていない。

しかし、私に言わせれば、国民のこうした態度が政府をダメにしていると思うのだ。国民が怒らなければ、追及しなければ政府は何とも思わない。

政府が公言したことは必ず守られなければならない。そうしなければ、誰も政府を信用しなくなる。しかもそれに政府は甘える。こうして物事が前に進まなくなるのだ。

方向性としては大賛成だ。

現金での支払いは面倒だし、なくせるならなくしてほしい。

しかし、その前に銀行口座の保有率を上げるとか、銀行口座を作れるくらいに国民に仕事を与え、所得を生んでもらうことが大事だと思っている。

いつも思うが、フィリピンでは諸外国を横で見ているからか、ジャンプし過ぎであると感じる。

将来的に高速道路電子化はいいと思うが、その前に道路を穴ぼこがないようにちゃんと作るとか、車を使わなくていいように電車を整備するとか、渋滞が起きないように都市計画を整備するとか、そもそもそのような資金を生み出すために国民に働ける人にはいっぱい働いてもらえるように職を手配するとか職に就けるようにちゃんと教育を充実させるとかもっと手前にやらないといけないことが山ほどあるのだ。

日本だってETCなんてつい最近の話である。

ETCにたどり着くまでに50年くらいは掛かっている。それまで日本国民全員でせっせせっせと働いて、少しずつ経済力を付けてきた結果ETCにたどり着いているのだ。

たかがETC、されどETCということで、フィリピンにはぜひ計画的に進めていくことを期待している。方向性は間違っていないのだから。

頑張れ!フィリピン!

ABOUT ME
ようちゃん
こんにちは! 本ブログの運営をしているようちゃんです。 学生時代は部活(水泳部)とバイトに明け暮れ、勉強はほったらかし。大学4年生の時に就活しながら1年生と授業を受ける講義もあり、リクルートスーツを身にまとったおっさんは新入生に白い目で見られながらもなんとか卒業にこぎつけた。 英語が好きだったこともあり、将来はなんとなく海外で働いてみたいなあとぼんやり思っていました。 そこで、大手総合商社を中心に、海外駐在できたり、世界を飛び回れる仕事をやらせてもらえそうな会社を選んではひたすら受けまくりました。 運よく海外に拠点を広げ続けている上場企業の商社に入社できました。 入社前の先輩社員との懇談会で台湾やイギリスなどに駐在経験があった社員から海外駐在時の話を聞くことができ、自分も同じようなキャリアを描けるのかもと社会人人生を楽しみにしていました。 しかし、配属先は経理部に。経理なんてなにをする部署なのかもわかっていませんでした。一体いつになったら海外に行けるのか。そんな不安とともに社会人生がスタートしました。 結局新卒から10年ほど上場企業の正社員として経理部で働きました。その間に紆余曲折がありながらもUSCPA(米国公認会計士)のライセンスを取得。 当時の後輩がインドに赴任したことをきっかけにバックオフィス周りの指導やサポートを行っていました。その後輩は営業経験しかないのに、インド法人を丸ごと任されてしまい、営業以外の仕事をどうしたらいいのか困っていました。私は営業はできませんが、経理を中心とした事務系の仕事はある程度アドバイスできました。当時としては大したサポートにはなっていなかったとは思いますが、それでもとても感謝されました。 そこで思いました。 海外に出ている日本人は同じように困っているに違いない。それなら今の会社だけでなく、たくさんの会社をサポートできるかもしれない。 このインドに放り込まれた後輩をサポートしたことがきっかけで、自分の人生設計を見直した結果、上場企業の正社員という安定した地位を捨て、2015年に突然フィリピンに移住し、海外コンサルタントとして働き始めました。給料が日本にいた時の3分の1近くになって嫁に怒られ、嫁ブロックにあいながらも何とか凌いでいます。 私の予想通り、海外に出た日本人の駐在員は困っていました。 そこで海外コンサルタントの出番です。 日本の常識は海外ではなかなか通じません。 とは言っても、日本のやり方でビジネスを進めていく必要がある場面もたくさんあります。 だからこそ海外コンサルタントは必要なのですが、少子化のせいなのか、若者の海外離れのせいなのか、海外コンサルタントは圧倒的に足りません。 あなたのサポートを待っている企業が必ずあるはずです。 本ブログを通じて、少しでも海外コンサルタントに興味を持ってもらい、海外コンサルタントの世界に参加してくれる仲間が増えてくれれば、駐在している国はもちろん、日本も元気を取り戻してくれることと確信しています。 ぜひ仲間になりましょう!