フィリピンに進出している企業に激震が走る出来事があった。
2020年7月8日にフィリピン内国歳入庁(BIR)から発表されたRevenue Regulation No.19-2020である。
これはいわゆるグループ会社間の取引を全て開示せよというもので、BIR Form No.1709(関連当事者取引に係る申告書)という新しい申告書を導入するという。これは年次の法人税申告書をBIRに提出する際に、この新しいフォームも一緒に提出せよという年次の税務申告書の補足資料という立て付けだ。
7月に新しく発表しているにもかかわらず、2020年3月決算会社以降から即適用だとのこと。
おいおい、ちょっとそれはやり過ぎじゃないのか。
というのも、3月決算の年次報告書の提出は7月30日に終了しているのだ。それなのに、今年に限っては9月末までにBIRに提出せよという。
それに加えて下記の資料をグループ間取引の証拠として提出しなければならない。
取引に係る契約書
請求書
領収書
移転価格文書
これには驚いた。全ての取引にかかる証憑を提出せよというのである。しかもご丁寧にDVDに焼いて提出せよとのこと。
契約書がなくても取引していることもあるだろうし、請求書や領収書が見当たらなくなってしまっていることもあるだろう。その場合は急いで契約書を作らないといけないし、請求書や領収書は経理部に全部探してもらわないといけない。
これだけでも重労働であるのに、ここに「移転価格文書」を放り込んできた。
私のような業界人間であってもこれは度肝を抜かれた。
確かに、移転価格文書は2013年から作成義務は存在した(Revenue Regulation No.2-2013)。ところが、罰則規定がなかったため真面目に用意している企業は少なかったと思う。
その中で急に移転価格文書が「提出義務」となり、提出しない場合は罰則が適用されるという。
ん~ま~2013年から作成義務があったので企業としては文句は言えないし、それにしてももう少し納税者に対して優しくできないものだろうか。
このコロナ禍である。移転価格文書を作れというのは簡単だが、作るのは結構難しい。BIRが使うと思われるデーターベースを利用して移転価格文書を作るとなれば100万円はくだらない。データベース利用料が高いからだ。だから税務の専門家としてはあまりおいしい商売ではないのだ。
よくそんなに高く売っているならさぞ儲かるでしょうねえ~なんてクライアントに嫌味を言われることがあるがとんでもない。原価が高いので価格を上げざるを得ないものの、フィリピンで100万円を超えるサービスはあまりない。そのためどうしても「高い」という印象になり、高すぎると売れない。従って赤字スレスレか赤字覚悟で販売することになるのだ。
個人的には移転価格文書を150万円で販売するより、月次の税務コンプラ業務で5万円もらえた方がよっぽどいい商売なのである。
でも今回のようにBIRから通達が出てしまえば企業としてはやらざるを得ない。しかも移転価格文書の作成は専門家でなければできないから企業内で作成することはほぼ不可能だと思う。これは本当に企業もコンサルタントも泣きたい業務なのである。
じゃあ今回の通達で誰が得をするのか。
そう、BIRである!BIRだって企業が移転価格文書を作成していないことを知っているだろう。BIRとて移転価格税制に詳しい人は少ないはずだ。だって日本にだって移転価格税制を取り扱える税務調査官は限定的である。フィリピンは推して知るべしだ。
そんな中でこんな移転価格に係る情報を集めてどうするのか。
個人的には下記が目的と思う。
①移転価格を勉強する
②移転価格税制で税収を確保できそうな企業を掘り当てる
③移転価格文書の未提出による罰金狙い
あくまで個人の思いであるが、それでも上記がなければ、なぜこのコロナ禍で企業業績が落ち込み、税収が激減しており、企業活動自体もままならないこのタイミングで鬼のような通達発行に至ったのか理解できない。
他の国を見てみれば、企業に助成金を配ったり、税額控除を増やせたり、税金の支払いは1年間猶予するとか落ち込んだ企業業に対して優しい施策を打ち出す政府が多いと思う。
ところが、フィリピンではその逆である!
従業員の雇用を維持したところで何も支援なし、おまけに企業には解雇するなと言うだけ。助成金などもってのほか。税金の支払いの猶予もなし。逆に増税の話が取りだたされ、税務調査がバンバンなされて不当徴税が相次ぎ、挙句の果てにこれである。
各企業は必死に頑張っている。雇用はできるだけ維持しようとしているし、仕事はないのに給料を払い続けたり、どうしても苦しい場合でも6割は払ったり、なんとか生き延びようとしている。
BIRと企業のあまりに大きい隔たりを感じざるを得ない。
しかし、そんなことも言っていられないのでこちらは必死に情報収集。知り合いの税務専門家に聞いてみたりしたがやはり自分が知っている以上の情報はなし。
通達を発行した当の本人、BIRに私のスタッフを派遣して直接乗り込んで聞いてみた。グループ間取引を記入せよ血いうのだがどこまで書けばいいのか、よく分からないのだ。そしてBIRから衝撃な答えが返ってきた。
「私もよく分からない」
なんだそりゃー!?通達を出した当の役人が内容を理解していないのである。まあ驚いたのは一瞬でなぜか納得してしまった。やはりここはフィリピンだった・・・。こんなことは日常茶飯事だ。BIRが出した通達だからと言ってBIRに聞けば教えてくれると思った私が甘かった。そう、通達を出している本人さえよく分かっていないのだ。これではもう何でもありである。とにかくBIRがこういう情報をほしがっているんだろうなあという想像力をできるだけ膨らませて記入するしかない。こういうところがフィリピンらしいというかコンサル泣かせなのだ。こうなれば、1人の役人に聞いて出た答えと、その隣にいる役人に聞いた答えは違うことも想像できる。
こういう時は一定期間は運用しないと「正解」というものは出てこないと思われる。初めて導入される事案はいつもこんな感じだ。とにかく事例を集めて最大公約数を確認し、それを回答用紙に反映させていく作業をしていくことになろう。
今のコロナ禍で企業負担が増している中でさらなるコストアップだ。
BIRにはもうちょっと納税者に優しい気持ちを持ってもらいたいものである。ちゃんと税金は払うんだから。